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  • 2020.03.19

    ブログ「出たとこ勝負」特別編 石井校長 中学校卒業証書授与の会 式辞

    出たとこ勝負

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 中間テストや期末テストは、教師と生徒とをつなぐ手紙だと私は思っています。
 「今学期オレはこんなことをキミたちに教えてきたんだけど、分かってくれたかな?」という手紙を教師が出します。それが問題用紙。「うーん。ボクは何だかわけが分かんなかった。」「えー。私はすごく面白かったよ。」なんていう返事を生徒が解答用紙を使ってするわけです。
 いい年をしてテストについてそんな甘い夢を見ているのかと笑われそうですが、私はそういう、人と人とをつなぐ手紙のやり取りだからこそ定期テストを大事に思っています。他の先生方がどんな風に考えているかは聞いたことがありませんが、私はそんな風に考えています。ですから今回コロナウイルスの影響で3学期の期末テストを実施できなかったことは大変残念でした。ぜひやりたいと思っていました。
 ありがたいことに授業は全て終わらすことが出来ましたが、期末テストだけでなく、作文発表会をはじめ、3月に行われる予定だったほとんどの行事を中止にせざるをえませんでした。その中でキミたちの中学校生活を区切る今日の「卒業証書授与の会」だけは形を縮小してでもおこないたいと思い、各教室でモニターを通しての実施ということにいたしました。私のお祝いの言葉も急いで書き換えました。もともと話す予定だった話とあわせて、学園のウェブサイト内の私のブログに後日発表しますので、両方読んでくれると嬉しい。

 さて、浅田次郎という小説家が「特別な一日」という物語を書いています。ネタバレで申し訳ありませんが簡単に内容を紹介します。
 あるサラリーマンが定年を迎え、最後の出社をした日の話です。主人公は今日を特別の日ではなく、普通の日として過ごそうと、それまでの日々と同じように淡々と過ごし、帰宅の途につきます。浅田次郎は「鉄道員(ぽっぽや)」など、しみじみとした小説をたくさん書いていますから、その類の小説だと思って読んでいました。
 ところが、この小説の後半は予想外の展開になります。実はその日は地球滅亡の日だったのです。高速で飛んでくる巨大彗星が地球に衝突する。人類は、それを避けることができない。そして、ここからがこの小説の特徴的なところなのですが、滅亡するしかないと分かった人類がどのようにすごしたか。何と滅亡までの日々を、今まで通り普通に過ごそう、ということになった。そういう設定なのです。国際連合が解散するときに呼びかけ、各国の国民もそれに応じる。少しの混乱はあったけれども、世界中の人々がそれまでとほとんど変わらず当たり前の毎日を過ごして、滅亡の日を迎えることになった。そんな小説です。
 読んだときは、へー。浅田次郎ってこんなSFみたいなジャンルも書くんだなぁという程度の感想しか持たなかったんですが、今回のコロナウイルスを巡るドタバタを経験したとき、どういうわけだか、この小説を思い出しました。
キミたちはこの3月、普通の毎日を過ごすことができませんでした。
 小田急線に乗って学校に来て、友達と遊び、授業やテストを受けたり、部活動をしたり、ママの作ったお弁当を食べたり、悪ふざけをしたり。そんな毎日が奪われてしまった。日本中の小中高に通う子供たちの多くが日常とは違う形でこの3週間を過ごしてきました。もちろん夏休みなどに学校に来ない期間はありますが、それとも大きく違います。成城学園中学校の夏休みを思い出してみれば明らかです。海の学校・山の学校・研修旅行・部活の通い練習に合宿。学期中とは違いますが、広い意味ではそれらも生徒としての日常です。
 急に国の方針で休校になってみて、当たり前の日常がなくなってしまった。それが2月29日から昨日までのキミたちの状況となったわけです。
 私が「特別な一日」という小説を思い出したのは、何でもない当たり前の日々が、いかに貴重なものなのか実感したからなのだと思います。
 本当に地球が滅亡するとなったら、バカ騒ぎをしたり、略奪をしたり、怠惰に過ごしたり、薬物に溺れたり、なんてことが起きそうだと想像してしまいますが、この小説では、人類はそうならなかった。
 人類は滅亡にあたって、最も幸せな状態とは何か、真剣に考えたのでしょう。究極の幸せとは今それぞれの人間が過ごしている毎日。何でもない、当たり前の、退屈で平凡な毎日。それこそが人類がたどり着いた最も幸せな状態であるんだと、この不思議なファンタジーを通して、浅田次郎は語ってくれたのだろうと感じています。ちょっと人類を信頼しすぎという気もしますが、日々の小さな幸せが如何に貴重で掛け替えのないものなのかを思い出させてくれました。
 私は以前から成城学園中学校高等学校は究極の普通の学校でありたい。と思っていましたし、たまに学校説明会などでそんな話をしたこともあります。普通であることの大変さ、強さ、素晴らしさを、コロナウイルスをきっかけに再認識することができました。
 みなさんも、自分の毎日の素晴らしさをもう一度見つめ直してみてください。卒業というこの特別な日を、普通に過ごせることがどれほど幸せなことであるのか感じてみてください。

 ところで、みなさんは、今日までの、当たり前ではない3週間をどのように使いましたか。大勢で集まることが難しいからこそ、一人の時間を有効に使うことができましたか。家族との時間を大切にすることができましたか。
 私は色々なことを決めなくてはならなかったので、物理的にではなく精神的に忙しくて、普段よりバタバタしてしまいました。でも、期末テストのことにしても、幸せのことにしても、日常とは違った視点で考えることができて良かったとも思います。じっくり考えるということは日常ではなかなかできない。暇だなあ、と思った時には「考える」ことに時間を使うのも悪くありません。卒業生のみなさんも、考えるという最高の暇つぶしにチャレンジしてみてください。
 保護者の方々へお礼を伝えることができないので、みなさんがお父さんお母さんに中学校卒業のお礼を言う時に、校長も「ありがとうございました。高校でもよろしくお願いします」って言ってたよ、と、ついでに伝えてくれると嬉しい。
 さあ、次のステップに向かって歩き出そう。
 卒業おめでとう。以上。