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  • 2017.05.26

    言葉の筋トレ19 Yo hago lo imposible, porque lo posible lo hace cualquiera.(スペイン語) 私は不可能なことを実行する。なぜなら可能なことは誰にでもできるから。

    言葉の筋トレ 石井弘之

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第19回

Yo hago lo imposible, porque lo posible lo hace cualquiera.(スペイン語) 私は不可能なことを実行する。なぜなら可能なことは誰にでもできるから。

Pablo Picasso
(この言葉は東棟2階にあります)

 スペインは魅力的な国だが、アルザス校に勤務していたころにも実は一度しか行ったことがない。我が家からほとんどノンストップで国境を越え、ダリ美術館があるフィゲーラスまで車で約11時間。ここで一泊し、後はだらだらとバルセロナ・アンダルシア・マドリードなどを観て回った。スペインにはパラドールという古い建築物をホテルに改築した公共の宿があり、普段は安宿にしか泊まらない私たちも、あのアルハンブラ宮殿の敷地内にあるホテルに泊まったりなどしながら旅を楽しんだ。
 私は絵画を眺めるのがけっこう好きなのだが、この時の旅も美術館めぐりが大きな目的であった。個人的にはフランス・イタリアといった美術史の本流の画家たちよりも、スペインやオランダの画家に興味がある。だからこの時もダリの生地フィゲーラスから始めて、バルセロナのピカソ美術館、ダリ美術館、ミロ美術館、カタルーニャ美術館、マドリードではもちろんプラド美術館やゲルニカのあるソフィア王妃美術館などをめぐり、絵画を堪能した。
 ピカソもダリも私が物心ついたころにはまだ存命だったので、自分としては同時代の画家のように感じるのだが、きっと今の中高生には「遠い昔の人」なんだろう。でも彼らをはじめとする近・現代の作家が絵画の常識を次々とぶち壊していったことはぜひ知っておいてもらいたい。
 成城大学への推薦者を集めた昨年のガイダンスで「文芸学部の芸術学科に進むのに、例えば印象派の画家の名前を一人も言えないなんていう恥ずかしいことがないように」などとエラソーなことを言ったが、伝統的なものをほんの少しでも変えるのにはものすごい才能と勇気が必要だ、ということを絵画の歴史を通して学んでほしい。しかも彼らは「少し」変えたんじゃない。ピカソのキュビズムにしても、ダリのシュールレアリスムにしても、まさに絵画の伝統をひっくり返したと言ってもよい。「芸術は何でもあり」と現代人は考えているかもしれないが、それは彼らが芸術に革命を起こしてくれたおかげだ。芸術に自由などない時代が実は長かった。芸術は教会や貴族の支配下にあった。それまで不可能だと誰もが思い込んでいたことを彼らが可能にしてくれたのだ。芸術を創る人たちも、それを味わう人たちも、彼らが成し遂げた土台の上で生きていることを感謝すべきだ。
Yo hago lo imposible, porque lo posible lo hace cualquiera.  私は不可能なことを実行する。なぜなら可能なことは誰にでもできるから。
 その上ピカソには革命を可能にする技術があった。よく芸術はテクニックではなく魂だ、なんていう人がいるが、とんでもない誤解だ。魂を顕在化させるテクニックを持っている人こそが天才なのだ。テクニックがあるのは当たり前で、技術についてわざわざ語る必要がないだけだ。どんなにサッカー魂があったって、ドリブルひとつ満足にできない人が天才にはなれないのと同じだ。
 ところで1975年までスペインはフランコによる軍事独裁政権が支配していた。スイスで女性が選挙権を手に入れたのは1970年。ヨーロッパの民主化は意外なくらい遅い。自由が抑圧された社会だからこそ、爆発的な芸術の輝きがあったのかもしれない。

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