第18回
袖振り合うも多生の縁
(この言葉は西棟4階にあります)
ブルゾンちえみのギャグ「35億!」は皆さんご存知のように、恋の相手となる男性はこの世に数えきれないほどたくさんいるのよ、男のことなんかでイイ女がガタガタ言っちゃダメ、てな意味だろうが、普通の人が知り合うことのできる相手は実際どのくらいいるのだろうか。
男女関係なく顔と名前が一致するというレベルで最も人々に知られているのは誰だろう。トランプ大統領はかなりいい線いきそうだ。でも8年間の在任を考えたらまだまだオバマの方が認知度は上かもしれない。70億人中、未開の部落に住んでる人や幼児・老人などを除けば、50億人くらいはオバマを知っているのかもしれない。安倍首相は国内じゃブイブイ言わせているが、外国ではかなりの知識人でなければ顔と名前は一致しないだろう。
芸能人だと、マイケルジャクソン以降、ホントに世界中の誰もが知ってそうな人って思いつかない。ピコ太郎なんて意外にも上位なのかもしれない。
自分はどうか。校長なんてやっているとそれなりに生徒には認識されているだろう。8割の生徒が私を知っているとして、約1300人、保護者もお父さん方は全然だろうが、お母さん方の、やはり8割くらいは「あれが石井だ」くらいはいけるだろう。とすると生徒と合わせて2600人くらいはこの世で私を知っている計算になる。卒業生まで入れると5000人てとこか。でもこちらから名前のわかる生徒も保護者もちょぼちょぼだ。私はこのページ以外に、ブログもフェイスブックもツイッターもやっていないので、ネットで通じ合っている相手もいない。つまりこちら側から袖振り合っている人ってホントに貴重なのだ。
そう考えてみると出会いは偶然の宝物だ。ましてや同じクラスになって1年間一緒に過ごすなんていうのは奇跡と言っても良い。これを大事にしなくて何を大事にするのだ。いま隣の席に座っている奴こそ不思議な縁で結ばれた、大切な相手なのだ。成城学園の生徒にはそういう出会いの妙を感じ取って育ってほしい。
袖振り合うも多生の縁
バージョンはいくつかあって「触り合う」「擦りあう」「他生」など。多生は何度も生まれ変わること、他生は前世のこと。いずれにしても「袖が触れ合うような巡りあわせも、前世からの因縁のような深い関係があるのだ」というような意味だろう。「多少」は間違いだからね。
何十年も前のことだが、中島先生と岩井先生が担任をしていたクラス(たしか菊組)で、岩井先生が出産の関係で修学旅行に行けなくなった時、私が代理として付き添いを務めたことがある。その時、修学旅行から帰ったあとに作った文集に私が載せた文章のタイトルが「袖擦りあうも他生の遠足」だったと思う。今そのクラスにいた生徒が保護者としてお子さんを入学させてくださっている。ホントに縁は大きい。
ところで私、ちょっと太めの女性が好きなのでブルゾンちえみはマル!