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  • 2016.10.18

    言葉の筋トレ11 If I wasn’t hard, I wouldn’t be alive. If I couldn’t ever be gentle, I wouldn’t deserve to be alive

    言葉の筋トレ 石井弘之

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第11回

If I wasn’t hard, I wouldn’t be alive. If I couldn’t ever be gentle, I wouldn’t deserve to be alive
タフでなければ生きてゆけない。優しくなくては生きている資格がない。

Raymond Chandler
(この言葉は西棟2階にあります)

 相川忠亮さんには何から何までお世話になった。同僚からも卒業生からも相センの愛称で親しまれていたが、もう亡くなって5年になる。ご自分のことをアイカワラズタダスケベなんて呼んでいたのが懐かしい。文字通り頼りになる先輩・先生だった。
 数えきれないほど飲みに連れていってもらった。よく本の話をした。学生運動の時代に青春を送った相センは、バカっぽい私が『フォイエルバッハ論』や『反デューリング論』を読んでいることに驚き、あーだこーだと突っ込み、からかってきたが、最も話題にした本は私立探偵が主人公のいわゆるハードボイルド小説だった。
 そう言えばアルザス校から一時帰国したとき、当時中学校長だった相センから段ボール2箱ほど本をいただいたことがある。教育関係の本はほとんどなく、探偵小説ばかりだった。船便でフランスに送って全部読んだ。海外で読む日本語の本というのは格別なありがたみがある。
 そのころ相センから薦められて、いちばん読んだハードボイルド作家は「スペンサー」シリーズのロバート・パーカーだった。『海馬を馴らす』『初秋』など名作ぞろいだ。翻訳を担当していた菊池光が亡くなって訳者が替わってからだんだん読まなくなってしまったが、印象深い作品が多かった。
 その後「バーク」シリーズのアンドリュー・ヴァクスを相センは「スペンサーより良いぞ」と薦めてきたが、そっちは私でなく妻がハマってしまった。ヴァクスの物語は子供がからむ事件が多く、職業柄ちょっと私には重かったのだ。
 いずれにしても相センお薦めの探偵小説は、推理の意外さやドンデン返しの面白さなどではなく、男の矜持とでもいうのか、やせ我慢とでもいうのか、主人公の生き方・ありように重きをおいた選択だった。
If I wasn’t hard, I wouldn’t be alive. If I couldn’t ever be gentle, I wouldn’t deserve to be alive.タフでなければ生きてゆけない。優しくなくては生きている資格がない。
 その原点がここにあると言っても過言ではない。飲み屋で何度かこのセリフを聞かされた。レイモンド・チャンドラー作『プレイバック』で、主人公フィリップ・マーロウが口にするセリフだ。初出の日本語訳とは違っているようだが、作家の生島治郎がこの訳で広めたという。相センもこの言い回しを使っていた。
 強さと優しさをあわせ持つ、それがカッコいい人間だ。相センの思いを覚えておきたくて、この一節を選んだ。