校長・副校長のページ

  • 前の記事
  • 2016.11.14

    言葉の筋トレ12 The man who has no imagination has no wings.

    言葉の筋トレ 石井弘之

  • 次の記事

第12回

The man who has no imagination has no wings.
想像力のないやつに翼は持てない。

Muhammad Ali
(この言葉は西棟2階にあります)

 校内を飾る言葉は当然ながら先達によるものだから、発言した人のほとんどは亡くなっている。数少ない現役の言葉は第1回の大岡信さんを除いて、当分の間は紹介しないつもりでいた。しかし今年、すなわち2016年6月3日、モハメド・アリがこの世を去った。しまったァ!学校帰りの車の中でこのニュースを聞きながら私はそう呟いた。もっと早くこの偉大な人物の言葉を発信しておきたかった。生きてるうちに語るべきだったのだ。
 The man who has no imagination has no wings. 想像力のないやつに翼は持てない。
 ボクシングの世界はもちろんのこと、差別と戦争というアメリカの二大病との闘いにおいて、常識を覆す想像力を発揮した人物だ。
 Float like a butterfly, sting like a bee. 蝶のように舞い、蜂のように刺す。そう形容されたアリのボクシングスタイルはそれ自体が革新的だった。でかい奴が力いっぱいぶん殴りあうというのが当たり前だった、当時のヘビー級ボクシングに、足を使い、相手の攻撃をかわし、的確にパンチを決めていく、早い話が今では当たり前のアウト・ボクシングスタイルを導入していった。まさに想像力を翼に次々と勝利をおさめていった。
 ここ50年間ほどは上手に表面を取り繕ってきたが、アメリカ人の持つ差別の根っこは今も昔もたいして変わらない。トランプが大統領になってしまう国だ。人種にしても性別にしても、差別の心は捨てられない。
 アリは若いころ黒人だからという理由でレストランへの入店を断られたことがあったそうだ。しかしすでにオリンピックの金メダリストだった。白人のご機嫌を取って、うまく立ち回ればそれなりの待遇を受けられただろう。多くの有名黒人、スポーツマンやミュージシャンは当時それに甘んじていた。差別はされても良い暮らしは手にできる。それが常識だった。だがアリはその道を進まなかった。徹底的に人種差別と闘った。イスラム教に改宗し、カシアス・クレイからモハメド・アリに改名した。人種差別に反対して金メダルを川に投げ捨てた。過酷な道だった。しかし正しい道だった。アリの想像力はアメリカの未来を見ていた。彼のような人たちが50年以上かけてこういう闘いを続けたおかげで、オバマという有色人種の大統領を出せる国にアメリカはなれたのだ。
 ベトナム戦争では徴兵に応じず、それまで無敗だったチャンピオンの資格を剥奪された。禁錮5年が言い渡された。その時のアリの言葉「私とベトコンとの間に争いはない」。これは戦争というものの本質を突いている。戦争はたいがい国対国という形をとるが、実際それぞれの国の国民同士には恨みも何もない。対立しているのはごく一部の人間、戦争によって利益を得る人たちだけだ。アメリカ政府は長期にわたって圧力をかけたが、結局アリは無罪を勝ち取った。彼の想像力は戦争のない世界を見据えていた。その後、ジョージ・フォアマンを破ってチャンピオンに返り咲いた。高校生だった私はテレビの前で「スゲー、スゲー」と連呼していた。
 想像力は大事だよ。つい生徒にそう言ってしまう。しかしアリの人生を考えた時、想像力を持つことの重さに戦慄する。人が翼を持つほどの覚悟なのだ。晩年はパーキンソン病と闘い続けた。アトランタオリンピックで聖火の最終ランナーを務めたが、点火する手が大きく震えていたのが印象的だった。想像力の翼によって世界を変えたひとりである。

page top