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  • 2016.05.23

    言葉の筋トレ 2 「On ne voit bien qu'avec le coeur. L'essentiel est invisible pour les yeux.」

    言葉の筋トレ 石井弘之

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第2回

On ne voit bien qu'avec le coeur. L'essentiel est invisible pour les yeux.

心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ。

Antoine de Saint-Exupéry

(この言葉は東棟3階 Global Zoneにあります。)

 アルザス校で働いていたときに、まだユーロはなかった。フランスの通貨はフランだった。我が家からドイツ国境までは車で30分、スイスも1時間、ミラノでも4時間あれば到着したので、家の中にはマルクもスイスフランもリラも転がっていた。スイスでスピード違反をやらかして捕まった時、ポリスが「罰金はどこの国のお金でも払えますよぉ」と心から嬉しそうに言いやがったのを鮮明に記憶している。日本の警察とは違うな。国際的っていうのはこういうことなのね、と妙に納得した。
 フランスでは私の赴任中に50フランの新札が発行された。今日紹介する言葉を発した主であるサンテグジュペリが書いた「星の王子さま」のデザインだった。
 On ne voit bien qu'avec le coeur. L'essentiel est invisible pour les yeux. 心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ。
essentielは重要なこと、invisibleは見えないこと、この二つは高校生なら英語から類推できるよね。 coeurは心、yeuxは目だ。そういえばフランスの肉屋でハツ(心臓)を買うときにはcoeurって言ってたな。「星の王子さま」の第21章でキツネが別れの時に王子さまに言うセリフだ。見えないものこそ大切だという思いは大概の人が実感する真実だろう。
 このお札には作者自身が描いた挿絵が使われていて、子供銀行券かと勘違いしてしまうような青を基調としたかわいらしい紙幣だった。確か記念に1枚持って帰ってきたと思うのだが、だらしないので、どこにしまったか行方不明だ。
 お札のデザインには国のありようが映し出されることがある。日本はかつて伊藤博文や板垣退助といった為政者側の肖像画が主流だった。最近は夏目漱石だの野口英世だのと文化人にシフトしてきているが、慶応義塾の福沢諭吉はずいぶん長いこと1万円札を飾っている。東京女子大学の初代学長だった新渡戸稲造が5000円札に採用されたとき「誰?その人」という反応が多かったようだが、そのうち成城学園の澤柳政太郎も2000円札あたりに採用してもらえぬものか。公教育への貢献という点では十分に資格がある。
 フランスはかなり強権的な国だが「星の王子さま」の絵を紙幣に使うあたり、やっぱり小洒落たイメージ戦略はお手のものだ。日本の官公庁もだいぶ頭が柔らかくなってきているから、そのうち「鉄腕アトム」や「ドラえもん」の1000円札なんていうのが発行されるかもしれない。近ごろ原子力は悪者扱いだから、中身はともかく名前だけ考えたらアトムなんて原発推進派に喜ばれそうだ。放射線は目でも心でも見えないけど。