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  • 2016.05.12

    言葉の筋トレ 1 「言葉の一語一語は、桜の花びら一枚一枚だといっていい」

    言葉の筋トレ 石井弘之

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第1回

言葉の一語一語は、桜の花びら一枚一枚だといっていい

「言葉の力」大岡信

(この言葉は東棟4階にあります)

 朝日新聞の1面といえば「天声人語」を思い浮かべる方が多いと思うが、私は「折々のうた」が好きだった(現在は「折々のことば」)。7~8年前までその欄を担当していたのが大岡信だ。連載は6千回を超えていたと記憶する。ある時期から自宅では新聞をとらなくなったため通勤してから職員室でぼんやりと読んできた。有名な作家の言葉が箴言に富んでいるのは当然だが、市井の人々のちょっとした言葉には荒削りな力があり、グサリと来たり、ニヤリとさせられたりする。広く深く言葉の動向に目を光らせている大岡信のアンテナの感度には驚かされることが多かった。
 新校舎建築に伴って、地下1階のコリドーの壁と教室階の廊下のルーバーに古今東西の言葉を刻むというデザイン案が日建設計から出されたとき、国語の教師だからなのか、校長だからなのか、私が選定の担当ということになった。こういうことは嫌いな作業ではないので気楽に引き受けたのだが、やってみるとやはり大変な仕事であることに違いなかった。
 教訓的なものばかりでは肩がこる。政治的・宗教的な内容は避けたい。誰かを傷つける恐れはないか。そんなことを考えていると候補は次々と削られていく。デザイナーにいつの間にか却下されているものもあった。私の好きな「あめつちの歌」は長すぎるからか採用されなかった。大岡信が無限の言葉の中から毎日選び続けてきたことの凄さを思い知らされた。
 大岡信の文章を教材に授業をしていたことがある。中2の教科書のはじめの方に掲載されていたエッセイ「言葉の力」である。「言葉の一語一語は、桜の花びら一枚一枚だといっていい」はその中の一節だ。
 桜色に染められた着物が桜の花びらではなく木の皮から色をとっていると知ったとき、桜の花びら一枚一枚の色は木全体のエッセンスであると筆者は感じる。人が発する言葉も桜の花びらと同様で、一語一語はその背後に大きな意味を背負っている。というような内容だが、今回のデザインのコンセプトにぴったりだと思った。設計者からは「各階の言葉が地下の壁に積もっていくイメージです」と説明されていた。まさに各フロアで咲いた桜の花びらが次々と舞い降り、地下1階に積もっていくのだ。
 生徒たちが発する無数のナマの言葉もこの新校舎の隅々に長い時間をかけて降り積もっていってほしい。

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