研修(HR)の時間に二年生の学年集会を行った。「山の学校」へ向けての集まりだった。スライドショウの後に、私と学年主任が話をした。例によって役に立つ話は学年主任に任せて私は無駄話をした。その概略。

 最近、登山はかなり人気があるようだ。かつては学校登山を除けば山には老人ばかりだったが、今では山ガールなんて言って、ファッショナブルな服を着た若い女性まで増えている。テレビでもイモトアヤコなんかは番組でエベレストを目指すなんて言っているよね。どうして人気が出たのかわからないが、私はこんな風に思っている。
 人間は何千年の歴史の中で大きな進歩を遂げてきた。スマホで遠くの人と簡単に連絡が取れたり、自動車や飛行機を使って、ものすごいスピードで移動できたりするようになった。でもそれは人間そのものが進化したのではなく、人間の周りにいろいろ便利な物ができたに過ぎない。駆けっこが速くなって時速100kmで走れるようになったわけでもないし、耳がめちゃくちゃ良くなって遠くの人の声が聞こえるようになったわけでもない。だから、人はときどき生身の自分に戻ろうとするのではないか。スマホをはぎ取り、テレビをはぎ取り、自動車をはぎ取り、自分の力だけで何かをしようとする。その一番の近道が登山なのだ。自分の脚で歩かない限りどうしようもない。ガイドさんは助けてくれるけれど、それでも代わりに歩いてくれるわけではない。そう考えると「不便を楽しむ」それが登山なのかもしれない。だからキミたちも便利をはぎ取った生身の人間として、自分の力で自然と向き合ってほしい。
 槍ヶ岳・白馬岳・唐松岳のどれかを選んで登ることになるが、どこは価値があって、どこがショボイなんてことはない。どれも美しい山だし、どれも危険な山だ。ただ、標高の高い順にきついことは確かだ。だからそのことをよく考えて選んでほしい。

(中略)

 山でのマナーについて話すことにする。
 食事は昔に比べて随分よくなった。標高が高いと気圧が低いので100度Cにならないうちに水が沸騰してしまう。つまりぬるい温度で煮炊きするのでどうしても美味しくなくなってしまう。でも最近は山小屋もすごく工夫をして美味しい食事を出してくれるようになった。そこは安心しても大丈夫だ。
 でも食べたら当然、出したくなるよね。山ではトイレの方がさらに大変なんだ。だって下水道なんてないだろ。どうやって処理していると思う?キミたちが泊まるような大規模な山小屋はお金があるから、バイオの力で処理できるトイレを備えている。でも一台一千万円くらいするらしい。だから小さい小屋では設置することができない。新聞で読んだ話だが、そういう小屋では登山客がしたウンコやオシッコをポリタンクに詰めて、人間が背負って下ろしてる場合がけっこうあるんだって。すごくない?そういう努力をして、ようやく美しい山と快適な登山が守られているんだ。でも、どんなに努力したって都会のようなきれいなトイレというわけにはいかない。キミたちが利用したときに、「臭い」だの「汚い」だのと文句を言ったら、山小屋の人たちは本当に悲しいと思うよ。特別な場所では食事やトイレという日常では当たり前のことも、大きな努力と工夫の上にかろうじて成り立っているということを心構えとして知っておいてほしい。それがわかれば細かいことを言わなくてもどう振る舞うべきかわかるよね。それがマナーの原点だ
 まだ山の学校まではだいぶあるので、ピンとこないかもしれない。まずは5月の大山遠足からだ。大山も楽な山じゃないよ。気合いを入れて楽しんで。