新入生のみなさん。入学おめでとう。教職員一同、みなさんの入学を歓迎いたします。みなさんと、今日ここで出会えたことに感謝をしつつ、話をしたいと思います。
昨年の秋にヒットした映画に「ボヘミアン・ラプソディ」という作品がありました。もしかしたら、キミたちの中にも観た人がいるかもしれませんね。これはクイーンというイギリスのバンドを題材にした作品ですが、中でもフレディ・マーキュリーというボーカリストに焦点を当てて作られています。
クイーンは1970年代80年代に次々とヒットを飛ばした4人組のロックバンドですが、その活躍の歴史とフレディ・マーキュリーの45年の人生が描かれた素敵な作品でした。私はめったに映画館に行くことがないので、他の映画と比べて良いとか悪いとか言うことはできませんが、もともとクイーンの音楽は大好きでしたので、楽しんで見ると同時に、色々なことを考えることもできました。
音楽というのは様々な記憶を引き出してくれます。大学生の時、私は塾の講師のアルバイトをしていたのですが、もう名前も思い出せませんが、その時の生徒が「このレコード聴いてみな」と言って貸してくれたのが、クイーンとの出会いでした。当時のロックには珍しい、コーラスの美しいバンドだなぁという印象を持ったことを覚えています。同時に勤めていた塾の教室の風景までもが蘇ってきます。
またそのフレディ・マーキュリーがHIVで亡くなった直後に、エルトン・ジョンという歌手のライブに行ったのですが、その時エルトン・ジョンが、クイーンの曲をいくつか歌い、もう二十数年前の出来事なのに、その時の寂しい感動も、ついこの間のことのように思い出すことができます。音楽の力というのは本当に偉大だと思います。
この映画の中のいろいろなエピソードのうちで、特に私の印象に残ったことを今日はお話ししようかと思います。
クイーンの人気がどんどん高まっていき、スーパースターとなっていく中で、フレディに独立の話が持ちかけられます。クイーンとしてではなく、ソロのアーティストとして契約をし、アルバムを制作するという誘いがあったわけです。私生活の悩みを抱えているフレディは、周りのメンバーがそれぞれ家族を持つようになると、どんどんと孤独になっていき、ついにはクイーンを抜けることを決意し、ソロ活動の契約を結んでしまします。
その時にソロとして出したCDを私もついうっかり買ってしまったのですが、正直に言って平凡な作品でした。クイーンとして出した楽曲のレベルには到底及ぶものとは思えません。2・3度聴いて、そのままにしてしまったので、今ではそのCDがどこに行ってしまったのかもわかりません。もしかしたらブックオフに売ってしまったのかもしれません。どうやら多くの人々も私と似たような感想を抱いたのか、ソロでの活動はたいして評価されることはありませんでした。
その後、自分のいるべき場所がクイーンというバンドであることを悟り、フレディは他の3人のメンバーに復帰を願い出ます。メンバーたちには、わだかまりもあったようですが、結局は受け入れ、再びクイーンとしての活動を再開させていきます。
フレディ・マーキュリーは天才です。でも、その力を100%出し切ることは、自分一人ではできなかった。私はそう感じました。クイーンの他のメンバー3人と語り合い、ぶつかり合い、認め合うことで、100%の、いや、200%の力を出すことができた。他のメンバーたちも同じです。それぞれが才能に恵まれたミュージシャンなのでしょうが、4人そろった時にみんなが200%の力を出すことになった。だからこそロックの歴史に輝く足跡を残すことができたのだと思います。ソロとしての活動では、そんな出会いを得ることができなかったのでしょう。
人と人との出会いにはそういう不思議があります。自分だけでは決してできなかったことが、仲間と出会うことによって、現実のものとなる。それが出会いの力です。
理科の授業で化合物と混合物について、中学時代に習ったでしょうか。ビーカーの中でいろいろな物質を混ぜたりしたのではないでしょうか。
混合物というのは、二つ以上の物質が単に混ざり合ったものですね。今みなさんの目の前には空気があります。といっても見えませんが、空気があることを知っています。何でできていますか。窒素、酸素、二酸化炭素などでできていますね。花粉も混ざっている。でもそれらは別々のままです。窒素は窒素のまま、酸素は酸素のままです。バラバラに混ざり合っているだけです。これが混合物です。
それに対して、水はどうですか。水はH2Oだと知っていますよね。Hは水素、Oは酸素です。これが化合物です。二つの物質が混ざり合って化学反応が起きて、全く別の物資に変化する。水素でも酸素でもない、新たな物質である水が誕生し、さらにはその時にエネルギーを得ることができます。
学園の所有する車にトヨタのミライという水素自動車があります。これは水素燃料が空気中の酸素と結びつく時に電気を発生させ、その力で車を動かすという仕組みです。そして酸素と水素とが結びつくわけですから、排気ガスではなく、水が排出されるというクリーンなシステムです。
私は人と人との出会いにも、化合物が出来ていくときの化学反応のようなものが時々あるのではないかと感じています。クイーンというバンドも4人が出会うことによって、化学反応を引き起こし、ひとりひとりでは出せなかった力が飛び出し、みんながそれまでとは違う存在に変化していったのではないでしょうか。
1+1が2であるのが混合物。1+1が10にも100にも、あるいは数字では表せないものに変化したのが化合物というように私のイメージは広がっていきました。クイーンという化合物が創られる時に膨大なエネルギーが放出され、世界中の人々に喜びを届けることができた。そんなイメージです。
これは音楽に限ったことではありません。スポーツなどの世界でも同じです。読売ジャイアンツに在籍していた桑田元投手が高校時代を振り返って「PL学園の同じ学年に清原がいなかったら、自分は一人前のピッチャーにはなれなかったんじゃないかと思う」というようなことをおっしゃっていました。二人が出会うことによって、何倍もの力を互いに出せたのだろうと推察します。おそらくどんな分野でも、偶然の出会いが化学反応を生む可能性に満ちているのではないでしょうか。
キミたちは今日から成城学園高等学校というビーカーの中に入ることになりました。混合物で終わるのか、それとも化学反応を起こして、化合物に変化することができるのか、偶然の出会いを大切にしてください。出会いの壁をできるだけ低くして、可能性を高めてください。
ビーカーは教室だけではありません。部活動というビーカーもあります。課外教室というビーカーもあります。
ここには、自分でも気づいていなかったキミの才能を引き出してくれる出会いがあるかもしれない。
ここには互いに高め合い別世界に導いてくれる出会いがあるかもしれない。
毎日が化学反応の可能性に満ちた3年間となってほしいと願っています。
そのためには先入観を持たず、広い視野で、相手の長所を見つける、そういう大らかな心を忘れないでいてください。
保護者のみなさま。お子様のご入学おめでとうございます。また、お子様の進学先として、成城学園をお選び下さったことに感謝いたします。ありがとうございます。教職員一同、お子様の入学を歓迎するとともに、より良い教育がおこなえるよう尽力していく決意でおります。何とぞご支援ご協力のほど、よろしくお願い申し上げます。
新入生のみなさん。出会いの場にようこそ。入学おめでとう。以上。