第15回
Sator Arepo Tenet Opera Rotas
むらくさに 草の名はもし そなはらば なぞしも花の 咲くに咲くらむ
(どちらも東棟4階にあります)
石井という自分の名はあまりに平凡なので、好きでも嫌いでもない。そもそもうちの父親は捨て子なので血筋的な意味での本当の苗字はわからない。イシイはトマトと同じで上から読んでも下から読んでも変わらない。そこだけは気に入っている。これの高級なヤツが回文だ。早口言葉や駄洒落など、言葉遊びにはいろいろあるが、回文もそのひとつだ。世界中にその文化がある。校舎の壁を飾る言葉の中にも言葉遊びをいくつか選んだ。今回紹介する二つの言葉はどちらも回文だ。
古い方からいこう。
Sator Arepo Tenet Opera Rotas インターネットで調べたところ、「農夫のアレポ氏は馬鋤(す)きを曳(ひ)いて仕事をする」という意味だそうだ。イタリアのヴェスビオ火山の噴火で埋もれた街としてはポンペイが有名だが、同じときに被害にあったヘルクラネウムという街の遺跡から発見された。世に知られている最も古い回文らしい。イギリスやシリアの遺跡からも同じ回文が発見されていて、1世紀ころにはすでに広い範囲に流布されていたようだ。この言葉の面白いのは、
SATOR
AREPO
TENET
OPERA
ROTAS
と並べると、縦横で同じように読めるこということだ。ここまで凝った回文を生み出すというのはそうとう成熟した文化がそこにあったという証だ。読み書きのできる人が少なかった時代だからこそ文字にはとんでもない力があると気づいていたのだろう。
次は現存する日本最古の回文。
むらくさに 草の名はもし そなはらば なぞしも花の 咲くに咲くらむ
むらくさにくさのなはもしそなはらはなそしもはなのさくにさくらむ
ちゃんと回文の和歌になっている。平安後期の歌論書『奥義抄』(藤原清輔)に「草花を詠む古歌」として載っているのをはじめとして、多くの書物で取り上げられている。こんな訳が良さそうだ。「多くの草に草の名がもし備わるのならば、どうして桜の花が咲くこんな時にわざわざ咲いているのだろう」。もっと目立つときに咲けばいいのに、ということなのか?回文に仕上げるために意味は分かりにくくなってしまったのかもしれない。私が最初にこれを見つけたある本では、上記のように分かち書きになっていたので、そのまま校舎の壁にも写してしまったが、句ごとの隙間は必要なかったと今は反省している。
というわけで、前回のクイズの答えは「回文」でした。