• 前の記事
  • 2016.07.14

    言葉の筋トレ 7 ATGGTTGGTTCGCTAAACTGCATCGTCGCT……  DNAの塩基配列例

    言葉の筋トレ 石井弘之

  • 次の記事

第7回

ATGGTTGGTTCGCTAAACTGCATCGTCGCT……  DNAの塩基配列例

(この言葉は西棟3階にあります)

文字は2つあれば十分だということをコンピュータが証明してくれた。0と1。それだけでどんな複雑なことも表すことができる。3ケタあれば000・001・010・100・011・110・101・111。8つの項目と結び付けられる。あとは桁数と速度を上げていくだけだ。
 人間が生み出した文字は恐ろしく膨大だ。我々が使っている漢字は、国が定めている常用漢字だけでも2000字以上もある。はじめに常用漢字が制定されたときは1945字で、これは太平洋戦争終結の年号と数字が重なり、覚えやすかった。今は増えてしまったので何コだったかうろ覚えだ。比較的少ない英語のアルファベットでも26文字ある。
 自然界は人間より少し賢く、5つの文字で重要なことを表すことになっている。DNAが持っている遺伝情報は塩基配列によって示されるが、そこにはアデニン (A) 、グアニン (G) 、チミン (T) 、シトシン (C) の4種類の文字(塩基)しか存在しない。RNAではチミンがウラシル(U)に代わるから合計5文字だ。塩基ということを説明し始めると終わらないのでやめておくが、ざっくり言うとアルカリ性の物質だ。この5つの物質が細胞の中に長々と文字のように連なっていて、それが我々の体の設計図になっているというイメージだ。アルファベットを並べて示すことになっている。
 これらの塩基配列は3文字でワンセットになっていて、その3つの並び方がひとつひとつのアミノ酸と対応している。アミノ酸は生物の体を作っているタンパク質になる。たとえばアスパラギンというかわいい名前のアミノ酸がある。アスパラガスから抽出されたからこの名前になった、歴史上初めて分離されたアミノ酸だ。このアミノ酸はDNA上ではアデニン・アデニン・シトシン、つまりAACと並んでいる文字に対応している。今回例にした塩基配列を3つずつ区切っていくと6つ目のグループがそれにあたる。配列は4文字から3文字を選ぶ順列だから4の3乗で64。つまりこの64種類のアミノ酸の並べ方をたった4つの文字で書き表したのが遺伝子情報なのだ。それをもとに私たちの身体が作られている。
 生命が誕生してから38億年くらいらしいが、その年月の中でなんと緻密で美しい仕組みを作り上げてきたことか。ありきたりの道徳を説くより、生物学を教える方が生命の大切さは伝わりやすい。こんなにかけがえのない神秘的な仕組みを傷つけてはいけない。
 ちなみに私には痛風という持病があるが、アデニン・グアニンは痛風のもとになるプリン体の一種であることが知られている。遺伝をつかさどっている大切な物質だ。足が痛いくらいは我慢せねばなるまい。