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  • 2016.07.04

    言葉の筋トレ 6「日の光を籍(か)りて照る大いなる月たらんよりは、自ら光を放つ小さき燈火(ともしび)たれ」

    言葉の筋トレ 石井弘之

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第6回

日の光を籍(か)りて照る大いなる月たらんよりは、自ら光を放つ小さき燈火(ともしび)たれ

森鷗外
(この言葉は西棟2階にあります)

 森鷗外は誰もがご存知の大文豪である。中学では「最後の一句」が教科書に採用されていることが多いから、私も何回か授業をしたことがある。高校国語科は3年生の必修で「舞姫」を読ませているので、本校の卒業生諸君は少なくとも全員目を通している。文語体の文章を乗り越えて、主題に肉薄できるまで読み込める生徒がどれだけいるかわからないが、高1の「羅生門」(芥川龍之介)・高2の「こころ」(夏目漱石)・「山月記」(中島敦)と並んで、教科書に載っている近代文学の大定番である。
 日の光を籍(か)りて照る大いなる月たらんよりは、自ら光を放つ小さき燈火(ともしび)たれ
 現代語訳:月は大きく明るいが太陽の光を反射しているだけだ。ろうそくの明かりは小さいが自らの身を燃やして光っているのだ。(「森鷗外の『知恵袋』」小堀桂一郎訳 講談社学術文庫)
 出展の『知恵袋』は明治31年8月9日から41日間にわたって「時事新報」に連載された文章だ。鷗外が存命中には本になっていない。この言葉は『知恵袋』の五「人の長」の項目にある。成城学園が大切にする「独立独行」を比喩的に表現した名言であると考え、壁に刻む言葉として選んだ。成城学園の卒業生は大きくても小さくても自分の力で光り輝いている人がたくさんいると感じる。これからもその光で世の中を照らし続けていただきたい。ちなみに「独立独行」という語も東棟2階のルーバーに「所求第一義」「博学深究」とともに刻んだ。
 この『知恵袋』には「夫の苦心」「無愛の婚」「誘惑すること勿(なか)れ」「堕落女子」など男女の恋愛・結婚などについて様々な観点から鷗外独自の論が展開されていて興味深い。小見出しを見るだけでも想像を掻き立てられると思う。「舞姫」もご存じのとおりエリスとの関係が重要なポイントになる。現在われわれが知っている「愛」の概念もその時代にヨーロッパから輸入された。Loveの訳語は、はじめ「愛」ではなく「ご大切」なんていう語を使っていたと聞いたことがある。日本にない概念をどう翻訳するかみんな苦労したのだろう。軍医にして小説家。近代エリート鷗外もまた男女の恋愛に悩んでいた。
 『知恵袋』からはこれら恋愛に関する言葉を選ぼうかとも考えたが、さすがに学校の壁に刻む勇気が出なくて、自粛してしまった。