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  • 2024.01.19

    副校長ブログ「ゆめみる」第16号 『成城学園とスキー』

年が明け、高校では課外教室のひとつである「スキー教室」が1月5日から、中学では「スキー学校」が1月6日から、それぞれ3泊4日の日程で志賀高原にて行われた。高校は課外教室のひとつの講座ということで約50名の参加、中学は希望制(一部抽選)で約180名が参加した。

成城学園とスキーとの関係は古い。日本に現在の形のスキーがヨーロッパから入ってきたのは1930年、「近代アルペンスキーの父」ともいわれるオーストリアのスキー指導者ハンネス・シュナイダーの来日が大きなきっかけだったとされるが、成城学園はこの時、成城学園から独立した玉川学園とともにこのシュナイダーの招へいに尽力し、生徒たちに講習会も行っている。

それ以来、成城学園ではスキー学校が連綿と受け継がれ実施されてきた。筆者が成城学園に就職した頃は、希望制といいつつも中学のほぼ全員の生徒が年明け間もなくの志賀高原へのスキー学校に参加していた。当時は成城学園から小田急バスを20台ほど連ねて、志賀高原と往復したのをおぼえている。その後、行事配置の検討の中で春先の実施になったり、場所も岩手県の雫石や安比高原に移ったりと変化をしながら、現在にいたっている。

成城学園のスキーの大きな特徴は、インストラクターに生徒を預けて指導を任せるのではなく、学校の教員みずからがスキーの技術と指導法を身につけて生徒に教えるというもの。体育科の教員が講師となっての教員対象のスキー研修会も毎年開かれている。
筆者は岩手の出身だが、あまり雪が降らない県南で高校生までを過ごしたこともあり、実はスキー板をはいたのはこの成城学園に勤めた時が初めてだった。スキー研修会で初等学校や大学の先生方との親交を深めつつ、体育科のベテランの女性の先生から指導法を教わった。「ハの字型のプルーク」「谷足荷重」「斜滑降」「曲がるときは反対側の足に体重をかけてあげればいい」「男子にはおしっこをする態勢をとらせ腰を引かせないように」などなど指導のイロハを教わり、板の扱いすらままならなかった筆者が初心者班を持てるまでになった。

景気の低迷やスノーボード人気などをきっかけにスキー人口は減っているのかもしれないが、ゲレンデのパウダースノーの上に立つと、初めての生徒とワーワー言いながら一緒に緩斜面を滑ったり、新雪に突っ込んで転んだりした当時の記憶がよみがえってくる。

生徒とともに経験すること、生徒とともに学ぶというあり方とともに、先生と生徒の距離が近いという成城学園の校風の一端は、こういうところからも形づくられている。

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