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  • 2017.03.22

    ブログ「出たとこ勝負」特別編 石井校長 中学校卒業式 式辞

    出たとこ勝負

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(挨拶部分省略)
 昨年、私は仲の良い友達を病気で亡くしました。おいおい卒業式のおめでたい席で、人が死ぬ話かよ、と思われるかもしれませんが、そういう不吉な話をするつもりはありませんのでお許しください。
 友人の名前はただし君と言います。私より8つほど年下なのですが、ずいぶんとお世話になった人です。出会ったのは25年くらい前。私がアルザス成城学園に赴任した時に、フランス語を教えている先生でした。私はまったくフランス語ができないので、仕事の上で本当に助けてもらいました。私が担当している仕事のサポートをいつもお願いしていました。成城大学のヨーロッパ文化学科の出身でしたので、あの地域の文化についても詳しく、いろんなところに遊びに連れて行ってくれたりもしました。私がフランスに滞在した9年の間に最もたくさん話をした相手だったと思います。
 アルザス校が閉鎖になり、ただし君も日本に帰国しました。はじめはフランス語を生かした仕事をされていましたが、どういうわけかある時期からはずっと植木屋さんで働いていました。私は6月6日が誕生日なのですが、覚えやすいからか毎年6月6日になると、ただし君は自分の勤めている植木屋さんで植木をひとつ選んで、誕生日プレゼントとして贈ってくれていました。昨年はわざわざ自分で校長室までパッションフルーツの苗木を持ってきてくれました。今は何とか枯らさないように気を付けています。友達の少ない私にとっては本当に大切な人でした。
 今回、色々と思い出す中で初めて気づいたことがあります。ただし君と私は全く話が合わなかったなぁということです。たとえば音楽。私は中学生のころからロック一筋でした。今はもう諦めましたが、エレキギターの練習を頑張っていた時期もあります。それに対してただし君はオペラの大ファンでした。フランス語の先生ですからイタリア語でオペラを口ずさんでいることもよくありました。休日の過ごし方も私はビーチでぼーっとするのが大好きなのですが、ただし君はアルザスを中心としたヨーロッパの文物の調査や研究に時間を使っていました。
 そして何と言っても私はお酒が好きでよく飲むのですが、彼は酒屋の息子のくせにお酒が苦手でした。大人の男の付き合いはたいがいお酒を一緒に飲んでバカ話をするのですが、彼とはそういう間柄ではありません。趣味も考え方も全く違っていました。でも大切な友達でした。いま私はそのことを考えます。彼のおかげで私の人生はたいへん豊かになりました。彼と知り合っていなかったら私は一生オペラを観ることはなかったでしょう。スイスの田舎の不思議な祭りに行くこともなかったでしょう。私の人生は彼と知り合うことによって大きく広がっていったのだということを感じます。しかしそういう具体的な影響は小さなことに過ぎないのかもしれません。自分とは全く違うものの見方、考え方、それを彼から知らず知らずのうちに吸収したこと、それが私にとっては一番大きい。

 さて、そろそろ敏感な卒業生諸君は私の言いたいことに気づき始めたのではないでしょうか。話の合う友人、気の合う人たち、同じ趣味を持つ仲間、そういう人たちとの付き合いは楽しいものですし、ホッとするものでしょう。しかし同じ意見の人間だけで固まってしまってはなかなか新しい発見は生まれてきません。異質なもの同士が出会った時に自分だけでは気づくことのなかった新たな発見が生まれてきます。
 卒業生の皆さんにお願いします。これから先いろんな人と皆さんは出会っていきます。その出会いに壁を作らないでください。自分と違う考えを持つ人。自分と違うタイプに見える人。こいつ何だか合わないなぁと思える人。そんな人と出会ったとき「これはチャンスなんだ」と積極的に話をしてみてください。もしかしたら自分でさえ気づいていない自分を発見できる、そんな貴重な相手なのかもしれません。
 実はこれを広げていくことがグローバル化なのです。日本人は同質性を好むと聞いたことがあります。人種も同じ、言葉も通じるのが当たり前という環境で日本人は生きてきました。ですからちょっと違っているだけでも怪しい目で見られてしまう。皆さんの周りでも、そういう人に対していじめが始まってしまったこともあるでしょう。でもこれからの時代は違います。砂漠で育ってきた人たち。熱帯雨林で育ってきた人たち。極寒の地で育ってきた人たち。黒い人。白い人。これからキミたちを待っている世の中はそういう、言葉も通じない人たちと共に生きていく社会です。ですからちょっと気が合わないとか、話が合わないなんていうことは軽々と乗り越えてしまわなくてはならない。友達は人生の宝です。どんな人とも対等に付き合える。どんな人とも楽しく付き合える。皆さんがそんな人になってくれることを願っています。それが人生を豊かに広げていく鍵だと思います。
 出会いは人間だけではありません。勉強も同じです。私は校長になる前は国語の教員だったのですが、実は自分が中学生だった頃は国語より数学や理科の方が好きでした。本を読むことは好きだったのですが、何となく苦手に思っていた国語の勉強を自分の仕事として選ぶことになったのは、高校で本格的に学び始める古典の勉強がきっかけだったと思います。やはりそこにも出会いがあったわけです。得意なことを伸ばすのは素晴らしいことです。でも苦手なことも含めて、たくさんのことに興味を持って、出会いのチャンスを生かしていけば、もっともっと豊かな人生を送ることができるはずです。「出会いに壁を作らない」中学校を卒業していく皆さんへのはなむけの言葉としたいと思います。
(挨拶部分省略)