遊び・散歩研究部

「経験を豊かにする」子どもをどう見取るか

 遊び・散歩科は“教科の特性”として、「経験を豊かにすること」、つまり活動そのものが教科の目標になっているという少々特殊な教科である。 
 教師としては、子どもたちにこうあってほしい、こういう力をつけてほしいという願いはもっているが、それを本教科では表立たせることはせず、本教科では子どもたちの「やりたい・したい」を妨げずに、子どもたちが自分から経験したことを、成長へと価値づけすることが教師の役割であると考えている。そのため、本校の遊びでは、基本的に禁止をせず、ある環境を最大限子どもたちが活かし、存分に遊びの活動に没頭できるような場の設定、環境の保証がなされている。具体的には、木登りを禁止していないことや、授業の迷惑にならないよう遊びを工夫したり、先生にきちんと一言いえばどの教室でも使うことができたりと、自由度の高い環境の中で、子どもたちは遊びの活動に取り組んでいる。
と同時に、教師としては「子どもに期待できること」として、彼らの経験を学びにつなげるための「指標=ものさし」を持って、活動を支えている。
 
 以下は、例として遊び科が考えている、本授業で「子どもに期待できること」から一部抜粋したものである。

 これらの力は、教室で、またテストやプリントなど目に見える形で成果として表れるものではない、所謂非認知能力につながるものであるため、短期的にも、長期的にも子どもたちの中での成長を見取ることがとても難しいものであるが、だからこそ本校遊び散歩科では、このような「子どもに期待できること」をどう教師が見取り、彼らの成長に価値づけてあげるかどうかというところに着目し、カリキュラムの中に時間を位置づけ、記録をもとに検証を行っている。

 これまで、遊び散歩科では各クラスで様々な実践をもとに記録をとって検証を行ってきているが、その中から1つ、実践を紹介したい。

「マグネットカードによる遊びの記録の“見える化”」

 こちらの実践では、毎時間の遊びで誰がどこで何をしているのかを教師の立場だけでなく、子どもたち自身も「見える化」することで、友だちの交流を促進することにつながるという仮説のもと、その効果を検証したものである。実際に子どもたちにアンケートを行ったところ、意外にも黒板を見て遊ぶことを決めたり、友だちを探しに行ったりしている子が多かった一方で、遊びを途中で変えた時にそれが柔軟に反映されないため、やりづらい、いちいち替えるのが面倒という子どもたちの思いが分かり、よりよい記録の方法について検討する必要性があることが分かった。
 その他にも各年度、それぞれクラスの実態に合わせて、振り返りシートをもとにした記録、AIテキストマイニングによる子どもの思考の集約など、様々な実践を行っている。引き続き、子どもたちの「やりたい・したい」に寄り添った活動の保証、場の設定、環境の工夫を進めていきたいと考えている。

2025年度研究テーマ:内面の豊かさを育てる遊び・散歩科の授業の創造

 2025年度の学校全体研究テーマは、「子どもの内面の豊かさを、いかにして教育の中で育んでいくか」という問いに基づいて設定されている。この問いに対して、「遊び・散歩」は、すでに日常の実践の中で一つの考えをもっている。例えば、遊びの中で鬼ごっこから抜け、一人で砂山を作り続ける子がいる。目立つ成果があるわけではないが、その子にとっては、安心して自分の世界に没頭できる大切な時間である。やがて別の子が寄ってきて言葉を交わし、小さな関係性が生まれていく。
 また、散歩の途中で転び、悔しさから泣き出す子を、「大丈夫?」と友だちが自然に囲む場面もある。教師が指示を出さなくとも、その場には気持ちに寄り添う関係性が成立している。
 このように、遊び・散歩の時間には、「内面の豊かさ」が意図せず、しかし確実に立ち上がる場面が日常的に存在している。だからこそ、学校研究テーマと遊び・散歩は並列の関係ではなく、研究テーマを具体の姿で支える実践の場として深く結びついている。
 —— 内面の豊かさを「三つの層」から捉える ——
 遊び・散歩部では、「遊び・散歩を通した内面の豊かさの育成」を研究テーマの核に据えている。ここでいう内面の豊かさとは、単なる情緒の安定ではなく、揺れや葛藤を抱えながら、自分と他者との関係の中で生きていこうとする力を指している。本研究では、これを次の三つの層として捉える。
 ⑴ 自分に関する内面の豊かさ
 — 気持ちに気づき、引き受け、立て直していく力 —
 第一の層は、自分自身の内面に向かう豊かさである。自分の気持ちに気づき、失敗や思い通りにならなさを引き受けながら、再び動き出そうとする力として表れる。例えば、鉄棒に何度も挑戦しては失敗し、黙り込む子がいる。その子は「悔しい」「でもやめたくない」という相反する気持ちを抱えながら、その場にとどまり続けている。この時間が、「自分の気持ちとともに在る」経験となり、内面の根幹を支えている。
 ⑵ 他者に向けられる内面の豊かさ
 — 揺れながら関わり、折り合い、つながっていく力 —
 第二の層は、他者との関わりを前提とした内面の豊かさである。遊び・散歩の中で、子どもたちは誰と遊ぶか、どのように関わるかを自ら選び、関係を築いていく。遊び方や道具を巡る主張のぶつかり合いの中で、譲ること、折り合いをつけること、言葉で伝えることを経験し、他者との関係を調整する力を身に付けていく。こうした積み重ねを通して、子どもたちは「人と関わりながら遊ぶこと」そのものを学んでいく。
 ⑶ その内面の育ちを支える教師の役割
 — 教えないことによって成立する教育 —
 遊び・散歩における教師の役割は、指導することではなく、すぐに介入せず、結論や評価を与えずに出来事をみとることである。トラブルの場面でも、教師が待つことで、子ども同士の中に言葉にすることや関係を結び直す営みが生まれる。その「待つ時間」こそが、内面を育てる教育として機能している。