研究方針
Ⅰ.素朴な「!(気づき)」と「?(問い)」 が追究の エネルギー
成城学園前駅を出ると、いくつかの商店がならぶ通りがあります。「成城石井」に「風月堂」。子ども達にとっては慣れ親しんだ風景です。一枚の古い写真を出してみましょう。古めかしい駅が写っています。もう少しよく見てみると「風月堂」の文字が見えてきました。写真の正体は、昔の成城学園前駅の様子です。「今と全然ちがう!」「いつから今の様子になったのかな?」「同じころの他の場所も見てみたい!」。これまで出会ったことのない事実を前に、子ども達には様々な気づきや問いが生まれていきます。そして“もっともっと”の声が挙がります。社会科の授業は、子ども達の「!(気づき)」や「?(問い)」が追究のエネルギーとなり、学びが繰り広げられていきます。
Ⅱ.私たちのまわりは正解のない問いだらけ。仲間とともに問い続ける授業を目指して
日々生活する中で、正解のある物事はどれだけあるでしょうか。また、私一人だけで解決できる問題がどれだけあるでしょうか。立ち止まって考えてみると、そこには正解のない、一人では解決できない物事があふれていることに気付かされます。
5年生の授業で紹介した工業生産の学習は、子ども達がこれまで様々な工業製品の恩恵によって得られてきた“豊かさ”の概念をゆさぶりました。本当に私たちの生活は、豊かであると言えるのでしょうか。子ども達は、学習を通して学んできたことや、自分がこれまでの生活で経験してきたことを思い返しながら、等身大の議論を繰り広げます。
「自分は豊か豊かでも、周りを見ると豊かじゃない。」「公害を出した意味って、何なんだろう。」「自分がだれかの豊かさをうばっているかもしれない。」「今もプラスティックの問題をかかえている。豊かになろうと努力し続けるのでは?」「身近なところで、自分たちにできることはないのか?」
社会の今を読み解く知識を土台に、正解のない問いに仲間と共に立ち向かっていく。そんな時間を子ども達と創ることを目指し、私たちは努力していきます。
2025年度研究テーマ:内面の豊かさを育てる社会科の授業の創造
社会科では「子どもたちの内面の豊かさを感じられる具体的な姿」を以下のように捉えて研究を進めています。
(ア)自分に関するもの
社会科における「内面の豊かさ」とは、社会的事象を自分とは無関係な出来事として捉えるのではなく、自分自身も社会を構成する一員であり、その中で役割や責任を担っている存在であることを実感できる姿であると考えています。そのための手立ての1つに、社会的事象を「自分事」として捉えられる教材を通して、主権者としての意識を育むことが重要です。社会的事象に深く関わる人々の立場や思いに触れることで、自分の考えを広げたり、他者とのつながりを感じたりする姿も、内面の豊かさの表れであると考えられます。こうした学びの積み重ねが、将来、社会参画を求められる段階において、社会と自分との関係を主体的に考える基盤となっていくと、社会科部として考えています。
(イ)相手や他者に向けられるもの(他者との関わりが前提となるもの)
社会科における「相手や他者」には、2つの側面があると社会科部は考えています。1つは教材に位置づく人・モノ・コト、つまり社会的事象そのものとしての「他者」、そしてもう1つは、授業の中で互いの考えに寄り添ったり、問い返したりするクラスの仲間、つまり、協働しともに学ぶ仲間としての「他者」です。前者について、私たちは、社会的事象の見方・考え方を働かせて学習する経験を通して、いくつかの社会的事象に転用することができるような概念的知識の獲得を期待して授業およびカリキュラムの作成を目指しています。社会的事象の『概念的知識』には、『公共と自治』『生産者と消費者』『為政者と民衆』『推進派と反対派』『光と影』『伝統と革新』など、事象を多面的・多角的に捉えようとする視点があると捉えています。授業の中で、このような見方・考え方を働かせている子どもの発言や様子が見られることが、子どもの概念的知識の獲得、及び社会の中で役割や責任を担い、参画する主権者としての資質につながると期待しています。
また、後者については、共に学ぶ仲間と意見を交わす中で、自分の考えが認められたり、友達の考えと結び付いたりする経験が、「自分は社会の役に立つ存在である」という自己有用感につながると期待しています。1つの社会的事象に対して、意見が分かれつつも、互いの考えを尊重して話し合うことで「誰かの役に立ちたい」という思いが育まれ、自分事からみんな事へと、社会参画の素地が養われていくことも、期待しています。