幼稚園生活

コラム「たいこばしくん通信」

成城幼稚園園長 石井弘之

 年長のQくんは、園庭をいつも探索している。
 「このカサの間にはねぇ、虫が入っているんだよ」と松ぼっくりを私に差し出す。どこにでもあるようなフツーの松ぼっくりだ。でもQくんにとっては神秘の宝庫なのだ。縦・横・斜め。松カサの中までじっくり時間をかけて観察する。
 「ほら、お尻が渦巻きになってるでしょ」。なるほど確かに渦を巻いてるね。松ぼっくりのお尻なんてまじめに見たことなかったよ。
 「これ持ってて」と折り紙で作ったスイカを私に預けると、Qくんはバケツを持って水を汲みに行く。しばらくすると戻ってきてバケツに松ぼっくりを漬けてみる。「閉じるかなぁ」水で松カサが閉じるかどうか試すのだという。彼は実験という単語は使わなかったが、まさしくこれは実験だ。
 観察と実験。科学の基本である。誰に言われたわけでもない。彼は持っている知恵と技術を総動員して松ぼっくりと向き合おうとしているのである。この態度にこそ価値がある。それが、松ぼっくりだろうが、ドングリだろうが、ダンゴムシだろうが、ミミズだろうが、何でも良い。その形に、色に、臭いに、音に、触感に魅せられ脳味噌をフル回転させる。そのとき子どもは成長するのだ。
 見たい・触りたい・知りたい・手に入れたい…。この気持ちが好奇心を育てる。好奇心こそ最高のツールだ。これさえあれば、人生を切り拓いていける。Qくんもきっとそうやって未来を切り開いていくと私は信じている。
 成城幼稚園の自由遊びや初等学校低学年の散歩や遊びの授業は、好奇心とともに生きていけるかどうかの分かれ目なのだ。しかしその邪魔をするのは大人だ。
 大人は心配になって先回りし、与えすぎてしまう。教えすぎてしまう。この年齢の子どもたちが手に入れなくちゃいけないのは、知識やモノではない。好奇心だ。当たり前のことだが、彼に松ぼっくりの専門家になってもらいたいわけではない。松ぼっくりを通してワクワクする心を体験してもらいたいのだ。
 自分が欲する前に、興味を持つ前に、与えられ続けた子どもは溢れるモノや情報で溺れてしまう。知識を与えて安心している大人よ。わが子から好奇心を奪ったことに気づいてほしい。すべてはタイミングだ。ゆっくりと深呼吸をして自分の目で、自分の頭で対象と向き合う。それなくして好奇心の成長はない。

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