幼稚園生活

2026.06.17
成城幼稚園園長 石井弘之
「悪の十字架」という言葉遊びがありましたね。「この店、開くの10時か?」ってやつです。私はこういうダジャレが好きで言葉に興味を持ち、ついウッカリ国語の教師になってしまいました。
成城幼稚園の玄関が開くのは10時ではなくて8時45分です。私がガラス扉をひらきます。9時10分までが登園時間で、それを過ぎると遅刻がつきます。毎朝8時45分には十数人の園児たちと付き添いの保護者が扉の前で待っています。中には一番初めに園の中に入ってやろうと意欲を燃やしている子もいます。扉を開けると園児たちがなだれ込んできます。私に「おはようございます」ネイティブの先生に「グッドモーニング」を言ってから保育室を目指します。
その日もいつもと変わらない朝でした。私が扉を開けると年長さんのMくんが真っ先に飛び込んできて、こう言いました。
「園長先生、いつも1分前に開けるよね」。
びっくりしました。その通りだったからです。園長室の机の上の時計が8時44分になったら1階に降りて行って扉を開ける。そういう習慣になっています。ですから実際は8時44分10秒ころに開けていることになります。もちろん、それは私の単なる個人的な習慣で、同僚たちにも言ったことはありません。
そんなことに気づく子がいるとは、たいへん驚きました。と同時に「あー。たぶんママが気づいてMくんに言ったんだろうな」とも思いました。
そこで翌日でしたか、ママと顔を合わせたときに「Mくんがこんなこと言ってたんですが、お母さんが気づかれたんですか」と尋ねてみました。すると「いいえ、私じゃないです。あの子はよく、開くまであと何分?とか聞きますし、きっと私の時計を覗き見してたんじゃないでしょうか」というようなお返事でした。
Mくんは保育室に一番乗りしたい園児の一人です。私に「おはようございます」を一番に言いに来る回数はたぶんM君が最も多い。扉の前で、開くのまだかな、まだかな。あと何分かな。という気持ちになることも多かったのでしょう。で、ママに「あと何分?」って聞いてみる。あと3分だよ。そっか…。あれ、3分より早く開いたぞ。なんていう経験が積み重なったのかもしれません。そしてついに「石井園長は1分前に扉を開ける」という法則があることを推測するに至ったのだと思われます。
そもそも幼稚園児には時計の数字や針の意味がまだわかっていない子もいます。Mくんは、年長さんになるまでにママの時計の示す意味を理解できるよう、しっかりと学んでいたわけです。そういう点も立派です。
一番乗りしたいという強い気持ち。経験の中に潜む法則を見抜く観察眼。そこから他者の行動の特徴を導き出す。素晴らしい力だと言うほかありません。
園児たちの飽くなき集中力は、予想もしない方向にたくましく広がっていくのです。