幼稚園生活

コラム「たいこばしくん通信」

 厳しい暑さはまだ続いていますが、幼稚園の園庭には子どもたちの元気な声が毎日響き渡っています。

 ある日の外遊びでのことです。年長組の数人の子どもたちがどろけいを始めました。「どろけい」とは鬼ごっこの一種で泥棒、警察の2組に分かれ、警察が泥棒を捕まえる遊びのことです。「どろけいするひとー!」そういって仲間を集め、いつものように鬼決めをします。日によって集まる人数は違いますが、この日はいつもより多くの子が参加していました。その後、本日の鬼役が決まり、その様子を近くでみていた私は少し驚きました。何故なら参加人数が多いのにもかかわらず、鬼役がたった一人で、そのことに鬼役のAさんも周りの子も納得している様子だったからです。普段、鬼を決めるときは少なくても2人以上いることがほとんどです。一度捕まった泥棒も仲間に助けられると再び逃げることができるので、例え、大人が本気で参加しても全員を捕まえることは難しいなと思いました。そのことに関して子どもたちに投げかけることも出来ましたが、私は敢えてそれをしませんでした。年長であれば自分たちで経験し、次のことを考えてほしかったからです。
 鬼が10秒数えたらスタートです。ニヤッと自信満々の表情で、勢いよく走りだすAさん。自由遊びの中で何度も何度もしてきたどろけい。その間に鍛えられた足の速さがAさんの自信になっていたのかもしれません。

 そして、Aさんは次々に捕まえていきました。しかし、たった一人で全員を捕まえることは難しかったようです。しばらく経つとAさんから序盤の生き生きとした表情に陰りが見え始め、目で訴えかけるように近くにいた私を見ていました。Aさんにとって楽しいはずの遊びが辛いことに変わっていったような気がしました。教師が「どうしたの?」と声をかけると、「疲れた、もう無理、やめる」そう言って抜け出そうとしました。私はAさんを引き留めました。やる気を持って始めた遊びを、途中で抜けて自分自身もすっきりしない気持ちのまま終わらせずに、友だちに歩み寄り自分で解決する経験をしてほしかったからです。そこで「Aさん頑張っていたね、足がまたはやくなったね。だけど一人鬼だったのかな」と自分の想像通りにいかない悔しさや、捕まえられなかったことで自信をなくし、諦めてその場からいなくなろうとしたAさんの気持ちを汲み取りながら話しかけました。「何も言わずにやめてしまうと、お友だちが心配するし、困ってしまうんじゃないかな?Aさんの今の気持ちを皆に伝えたら?」と提案しました。Aさんにはここで逃げ出さずに、もう一度頑張り、その経験から最後まで諦めない粘り強さも持ってほしかったからです。
 自分が抜けた後の仲間が困ってしまうことや、このような形で抜けてしまうことで自分も次からのどろけいに入りづらくなること等、周りの空気感を感じたり、先のことを考えられる年長組のAさんは、私は言わなくても分かっていたはずですが、自分の気持ちをお友だちに伝えることができずにいました。そこで私は「Aさん、先生と一緒に皆に言いに行こうか」と声をかけました。日頃のAさんの姿をみて、私は近くで見守ることで友だちに思いを伝えられるのではないかと思ったからです。私の声掛けに対しAさんは、遊びを抜け出すことはやめた様でしたが、友だちの方へ駆け寄ることはせず、その場でどうしようかと考えている様でした。自分が抜けることで遊びが中断してしまうことを理解している一方で、鬼役をやっていたAさんとしては、一人では出来ないことを認め、相手に伝えなければいけません。Aさんにもプライドがあり、葛藤しているようでした。
 その時、その様子に気づいたBさんは、大きな声で「みんなきて、もう1回鬼決めしよう!」Aさんの近くに集まるよう皆に呼びかけました。そしてAさんBさん並んで第二の鬼決めを始めました。

 Bさんの一言で皆で鬼決めをし直しAさんも気持ちを立て直し、最後まで遊びを続けることができました。
 Aさんの気持ちに共感し、助けてあげたBさんにも、あと一歩が踏み出せずに諦めかけていた気持ちをBさんの言葉に助けられ、もう一度頑張れたAさんにも拍手喝采です。
助けてくれたBさんも幼稚園生活の中でAさんと同じ経験があり、Aさんの気持ちに共感し寄り添うことができ、自分がしてもらった優しさを今度はAさんにしてあげたのかもしれません。そんな子どもたちの日々の成長をいつも嬉しく見ています。

 教師の立場としては最後まで粘り強く諦めない気持ちや、自分の言葉や行動で前に進んでほしく、すぐに助けることは簡単ですが、目をかけて、手はかけず子どもたちを見守ることを意識しています。今回のように、あと一歩が踏み出せずにいる子の最も身近な存在であるお友だちの何気ない一言や行動が背中を押し、気持ちを立て直せることもあります。これは日々一緒に過ごす中でできる信頼関係、絆であり年長ならではの出来事だったと思います。

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