幼稚園生活

コラム「たいこばしくん通信」

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  • 2023.07.10

    自分で納得する力 -たいこばしくん通信 ちょこっと特別編-

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 日々子ども達と接している現場の教師達が綴った文章をお届けしている「たいこばしくん通信」ですが、毎朝の迎え入れで全園児と関われる園長として、年度初めの登園時の子ども達の姿をお伝えしたく、今回は、現場の先生達の仲間に入れてもらって文章を書きました。ということで、今回は「ちょこっと特別編」です。

 年度初めの幼稚園の朝。初めての幼稚園生活が始まる年少組の子ども達にとって、楽しみにしてきた幼稚園生活への期待と同時に親と離れて過ごすことへの漠然とした不安を抱えての登園が始まる。一緒にずっと過ごしてきた親がいない、知らない人達との時間が始まる不安が勝ってしまう子にとっては試練の朝となる。月齢の違いや、保育園に通っていたかどうか等の経験の違いも考えられるが、そんな単純なことでは無いだろうとすぐに思えるほど、様々なケースがある。
 登園時に泣かなくても「ママはいつ来るの?」と保育中に何度も繰り返し質問してくる子。教師の隙をみつけては1人で玄関に行き、追いかけて来た教師に「ママは?もう来る?」と聞き、教師の対応に頷き納得して保育室に戻ってもすぐに再び脱走?して玄関に・・・を繰り返す子。
 登園時に大泣きしている子も、泣いている時間に差はあるもののずっと泣き続けていることはなく、朝の大泣きが嘘の様に楽しそうに遊び、ニコニコしながら降園、翌朝また大泣き・・・を繰り返すのが通常である。そして、登園時に大泣きしている子の様子を見ていると、わがままで自分の思いを通そうとしている場合と異なり、説明のつかない不安感から逃れたい一心で必死に泣いて訴え、親にしがみついている様子が伝わって来る。
 今年4月初め、大泣きして玄関前で中へ一歩も入ろうとせず、最後は教師に抱かれて母親と別れた子の一人だったAちゃん。大泣きしながらも自分で上履きを履くようになり、泣きわめきながらも母親と手を繋ぎ少しずつ自分で歩いて保育室への距離を縮めて行く姿に必死で不安と闘い一生懸命それを乗り越えようとしている当人の中で起きている気持ちの変化・努力が伝わってくる。きっと大きな声を出さなければ、自分でも捉えどころのない不安と闘う元気が出ないのだろうなぁと思えたりする。登園後には楽しく遊び笑顔で降園していく姿や、泣かずに登園した日が数日続いた後でも、再び泣いて登園という姿もあり、当人のペースで「心配なことは無いんだ」と当人が納得していくのを見守ることでしか解決できないことだと感じさせられる。当人もさることながら、親にとっても試練の日々である。玄関で園児一人一人と朝の挨拶を交わしている二人(ネイティブ講師のジェイミーと私)で、子ども達の日々の変化を確認し合い、一喜一憂していた約1か月前までの毎日が、ちょっと懐かしいと感じられる、余裕が出てきた今日この頃である。

 昨年の2学期後半、園庭で少し泣き顔になった年長のB君が「C君にぶたれた」と訴えてきた。2人の動きを注視していたわけではないが、その前後の2人の動きからB君の言葉に多少違和感を覚えながらC君を呼び止め「B君が『C君にぶたれた』って言ってるけどB君のことぶっちゃった?」と聞いてみた。するとC君は「ぶつかっちゃったけど、ぶってはいないよ」との返事。「B君はぶたれたと感じたみたい」と伝えるとC君はB君に「ごめんね」と伝えた。そこで、B君に「わざとじゃなくてぶつかっちゃったみたい?大丈夫かな?」と声をかけた。やや間があってからB君が呟く様に「・・・C君がぶった」ともう一度。2人のパーソナリティーや状況から考えて2人とも嘘をついているのではなく、不意にぶつかられたB君にとってはC君からぶたれた気持ちになってしまったのだということがすぐに理解できた。どんな風にB君に声かけをしようかと考え始めた時「C君はぶってないよ」と当初から近くにいたD君の穏やかな声が聞こえてきた。そして少しの沈黙後に再びB君が小さな声で「C君がぶった・・・」。更に絶妙の間をあけて「C君はぶってないよ」とD君が穏やかな声で繰り返す。B君が間違っていると責めることをせず、前後の様子を説明して自分の主張をすることもせず、ただD君が見ていた事実だけを知らせていた。すると自分の気持ちが通らない時に涙ぐんでしまうことが多いB君が、自分自身で事態を受入れる気持ちの整理がついたのか、涙ぐむことも無く元気に遊びに戻って行った。

 教師でも難しいことをやってのけてB君の不満の気持ちを溶かしたD君は、年少の時に毎朝大泣きして、なかなか母親から離れられず苦戦していた子。何人もの友達から「大丈夫?」と声をかけられ、D君のカバンを持ってくれる友達や、上履きを持ってきてくれる友達の力もあり、ゆっくり乗り越えた子である。自分で納得する力を身に付けただけでなく、友達が自分で納得するのを傍で待てる飛びきりの優しさを身に付けた少年に育ってくれたと感じた当時の嬉しさを思い出しながら、Aちゃんがどんな風に育っていくのかが楽しみな日々でもある。

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