幼稚園生活

コラム「たいこばしくん通信」

前回に続き、「たいこばしくん通信」特別編の後編です。
園児たちの造形活動の講師を務めている高橋智力先生は彫刻家として活躍されていて、現在「国際アートシンポジウム・スナゴノヴ フォレスト 1」に参加する為、ルーマニアで作品制作に取り組んでいます。現地レポートの後編をお届けします。

ルーマニア便り【後編】

今回の彫刻制作に使用しているのはご覧の様に天然木ですが、天候、気温や時間の経過などで木そのものが作業中であっても刻一刻と姿や、切り心地、削れ具合など色々な事が変化していて命を宿しているんだなと実感します。加えて木の繊維の方向によって断面の表情や、チェーンソーの歯の回り具合なども変わるので、石や金属の扱いと違った難しさがあります。ただ、木の息遣いに寄り添う様に手を進めていけると、とてもスムーズに制作が進む瞬間を実感できる事があり、その時間を知ってしまうと木彫刻制作の楽しさにしびれてしまいます。
子ども達の普段の制作の手が止まらず黙々と作品づくりに没頭している姿をたまに見受けますが、きっと彼らもこういった素材や画材、時には道具と自分の感覚を重ね合わせていく時間が楽しくて仕方がないのだろうな、、、と成城幼稚園の子ども達の横顔を思い出しながら制作をしていました。

木の皮を剥いて大まかな形を取り出していきます
木の皮を剥いて大まかな形を取り出していきます

大体の形をつくりながら要らなくなった部分を取り除くと大人二人でなんとか持ち上げられる重さになります。作品に対して目線を合わせやすくするためと、楽な姿勢で作業を進める為に台にのせます。大きな制作になると床で作業しがちですが、子ども達との制作でも同じで机や作業台の上で作品づくりをすることはとても重要です。
大きくカットした面が出来上がってきたら、「切る」から「削る」作業に移行します。チェーンソーで整え得られる範囲で表面やそれぞれの部分などを削り出していきます。

大きな部分の削り出しで形がぼんやりと見えてきました
大きな部分の削り出しで形がぼんやりと見えてきました

陽射しやその日の気象条件などで、木の切れ味や削れていく量や感覚がどんどん変化していくので、木に呼吸を合わせて制作を進めていくのがとても楽しいです。ここから先は仕上げ工程に入っていくので細かい部分の作り込みや面づくりに移っていきます。

制作を一休み出来る週末を利用して、ルーマニア内陸部の山岳地帯にある、近代アートの礎の一角を担った彫刻家、ブランクーシの生家を訪ねる為に首都ブカレストから400kmほどにあるトゥルグ・ジウという街を訪ねて来ました。大きな川沿いにあるこの街の名前トゥルグ・ジウは「川沿いの市場」という意味らしいです。山間にある小さな集落をイメージしていたのですが、とても大きな街で活気のある雰囲気がとても印象的でした。この街から少し離れたのどかな場所にブランクーシの生家、そして街のあちこちにブランクーシの手がけた大型作品が公園などに設置されています。

ブランクーシ本人は、このトゥルグ・ジウからルーマニア内陸を西へ横断し、ハンガリー、オーストリア、ドイツをぬける2,100kmほどの長い長い道のりを、なんと徒歩で移動し、最終目的地であるフランスのパリまで辿り着いた時には三足の靴を履き潰したと言われています。
そんなブンラクーシは、このパリの街でロダンという、日本でも有名な作家に師事することになります。その何年も後、そんなブランクーシのアトリエを訪ねて来たのが、以前にも書いた彫刻家イサム・ノグチで、彼はブランクーシのもとで彫刻を学ぶことになります。私にとっての憧れの人の「先生」であるブランクーシという人物に、以前からとても興味がありました。

今回は、そのブランクーシのいわば地元の街の様子をお届けします。
この街にはいくつかの大きな公園があり、その公園や広場には彼のオリジナル作品の数々があり、それらを24時間体制で地元警察が警備し、今も大切に守られています。
街全体でこの彫刻家を大切にしているんだなということは、屋外の大型公共作品だけではなく、カフェやレストランの内装や公園など街のあちこちに彼の作品をオマージュしたアレンジメントを見て感じることが出来ました。

  • ブランクーシの代表作となっている作品「無限柱」です。全高はおそよ30mにもおよび、建物ですと9階建てくらいの高さがあります。設置当時、どの様な技術を用いて垂直に立てることが出来たのか、とても不思議です
    ブランクーシの代表作となっている作品「無限柱」です。全高はおそよ30mにもおよび、建物ですと9階建てくらいの高さがあります。設置当時、どの様な技術を用いて垂直に立てることが出来たのか、とても不思議です

  • 「静かなるテーブル」テーブルの周りに配されている12脚のイスのデザインは、現在の工業デザインに強く影響を及ぼしました。この形を街のどこかで見かけた様な感覚があると思いますが、こちらが「元祖」だと思われます
    「静かなるテーブル」テーブルの周りに配されている12脚のイスのデザインは、現在の工業デザインに強く影響を及ぼしました。この形を街のどこかで見かけた様な感覚があると思いますが、こちらが「元祖」だと思われます

  • 「接吻の門」タイトルを聞かされると一瞬「?」と思いますが、ブランクーシが接吻シリーズとして、色々な作品を制作を続けた先に出て来た造形です。同じテーマやタイトルで年少、年中、年長とつくり続けていくとブランクーシの気持ちが分かるかも!?
    「接吻の門」タイトルを聞かされると一瞬「?」と思いますが、ブランクーシが接吻シリーズとして、色々な作品を制作を続けた先に出て来た造形です。同じテーマやタイトルで年少、年中、年長とつくり続けていくとブランクーシの気持ちが分かるかも!?

  • 「接吻」シリーズの一番はじめの一体となる作品。この作品シリーズが昇華されて先ほどの大型作品の門になりました。ブランクーシはかなり表現技術の高い彫刻家でしたが、得意な写術的な表現を超えて、人間を角の丸い柱の様にデフォルメ表現した衝撃作でした。 別の街の美術館にて、大切に展示されています
    「接吻」シリーズの一番はじめの一体となる作品。この作品シリーズが昇華されて先ほどの大型作品の門になりました。ブランクーシはかなり表現技術の高い彫刻家でしたが、得意な写術的な表現を超えて、人間を角の丸い柱の様にデフォルメ表現した衝撃作でした。 別の街の美術館にて、大切に展示されています

彫刻制作に話を戻します。
全長 3.3m の木製彫刻作品の完成です。
作品タイトルは「SUNAO」。
素直という日本の言葉を、そのままタイトルに用いました。英語にすると13種類の翻訳候補が出て来ます。それぞれの意味を持たせたい思いから、日本語を使うことにしました。
加えて、制作会場である街の名前が「SNAGOV (スナゴヴ)」ということもあり、地元の人たちにも音として馴染みやすい様でした。

制作会場の敷地内にあるポートにて。朝まだ暗いうちに撮ったものですが、湖の向こう岸には斜め横から黄色い朝日が差し込み始めています。まだ誰も船を出していない湖面は鏡の様に光っていました
制作会場の敷地内にあるポートにて。朝まだ暗いうちに撮ったものですが、湖の向こう岸には斜め横から黄色い朝日が差し込み始めています。まだ誰も船を出していない湖面は鏡の様に光っていました

  • ヤスリがけでは、一度にたくさん木を削ることが出来る荒い目のヤスリから使い始め、段階を追いながら目を細かくすることで、表面の肌感を優しく、そして正確な面に仕上げていきます
    ヤスリがけでは、一度にたくさん木を削ることが出来る荒い目のヤスリから使い始め、段階を追いながら目を細かくすることで、表面の肌感を優しく、そして正確な面に仕上げていきます

  • 面の最終仕上げは手で確認しながら、同じく手でヤスリがけをしていきます。人の肌や目で見た感覚が、一番敏感で正確に状態を感じることが出来ます。いよいよ仕上がりです
    面の最終仕上げは手で確認しながら、同じく手でヤスリがけをしていきます。人の肌や目で見た感覚が、一番敏感で正確に状態を感じることが出来ます。いよいよ仕上がりです

完成です
完成です

わりと均一な太陽のひかりのある日本とは違い、この時期のルーマニアでは黄色に近い色のひかりが、そして時には真横に近い角度で強く差し込んで来ます。その強いコントラストのおかげで、時間と共に作品の見え方が次々と変化して楽しいです

髙橋先生は作品制作を終え、日本に帰国されました。幼稚園の造形活動での作品づくりの中で、園児と高橋先生とのやりとりの様子をこれからも記事でご紹介していきたいと思います。

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