【澤柳教書】( [1926(大正15)年])
成城高等学校高等科(旧制)第1回入学式の澤柳政太郎校長の訓示
人生は真善美を理想とすると言われるが、学校は真理行われ道徳が通りまた美的の所でありたい。私は現在の社会にはこの理想はなかなか行われ難いと思うが、学校には比較的よくこの理想が実現されると信じておる。世の中には無理がたくさんあり不徳のことがあり醜悪のことがある。学校には無理があってはならぬ。不道徳が行われてはならぬ。醜事があってはならぬ。いやしくも道理にかなったことは学校では通用せねばならぬ。道徳もしかり。もし校長か主事か教師が道理に背くことがあったら何人(なんぴと)もこれを非難してよい。世の中は必ずしも道徳が行われない。ことにデモクラシーの高潮さる今日の世の中では多数ということが力である。多数は必ずしも道徳ではない。道理でもない。国政も公共団体の仕事も多数が第一である。これは一人の専制よりも過(あやまち)が少いというまでである。道理と道徳の行わるべき学校には多数は価値少ないものである。
学生は真理と道徳とをあくまで尊重し、その前には従順に頭を下げねばならぬ。いな校長も主事も教師もしかり、ゆえにいやしくも道徳を信じ道理と考うることはあくまでこれを主張すべきである。しかして非理や不徳はあくまでこれをしりぞけなければならぬ。
真なり善なりと信ずることは一歩もまげない気魂をもたねばならぬ。理と善とによらばやましいところはない、何人に対しても恐れる所はない。学生は自らを省みてやましからざる生活を自ら営むべきである。
学校は一の小社会である。しかも道徳と道理が行わるるとせば、一の理想の小社会である。社会は共同生活である。共同生活は自立独立のものが協力し和合し一致して生活することである。わが成城学園は一面あくまで独立自尊以て個性の暢伸(ちょうしん)を期すると同時に相互の間に和合があり協力があり一致があり扶助があらねばならぬ。
虚偽は真理に反し道徳に反する。ウソは最もしりぞくべきものである。進歩の過程にある世の中には虚偽が多い。わが成城学園にはウソイツワリは最大の禁物である。極力これをしりぞけたい。
わが成城学園の学徒は真善美を理想としてその実現をつとむる者であろう。されど時に過つことがある。非理不徳の行に陥ることがあろう。ただわが学園の学生はその非を指摘されまた自らさとるときは潔くその過を悔い改めるものでありたい。決して包み隠すようなことがあってはならぬ。
従来試験と称するものを行わなかった。将来も。ただし学生の優劣を区別し席次を序するためにするのでなく、学習を確かめるためにすることは行う必要があろう。かかる場合に教師の監督を置かぬようにしたい。
他の長をとり、わが短を補うは修養学習の要訣(ようけつ)である。もし先進たる高等学校に学ぶ長所があればこれを学びたい。近時二十に近き高等学校が新たに設けられたが、その多くは一高を学ばんとつとめている。予を以て見ればその弊を学んでいる。ここにおいて新設高等学校の他においては失望している。わが高等学校は断じて他の弊を学んではならぬ。
一高の誇りと称するは自治である。真の自治ははなはだよい。自治も形式のみでは駄目。自学自習と自治自律はわが成城の特色として範を天下に示したい。
七年制高等学校は試験的といわるる、今なお、数校を存するばかり。十二歳より十九歳。一律にするを得ない。
わが成城学園は実は十三年制である。この制はたしかに幾多の警戒注意すべきことがある。
運動の盛んならんとするは可なり、競技も可なり、しかもスポーツマンシップ運動精神はなし。わが学園の運動競技には必ずスポーツマンシップなければならぬ、フェアプレイの精神がなければならぬ。わが成城学園より一の選手を出さざるも毫(ごう)も恥にあらずまた意とするに足らぬ。いずれの運動も選手の運動でなく、学生全体少なくともその大多数の運動でなくてはならぬ。
道理を尊重するものはもとより天然の法則に服従し、また国の法律に従わねばならぬ。学校の規則もまたしかり。未成年者の喫煙飲酒は法の禁ずる所、よし法は禁ぜずともこの有害無益のものを用いてはならぬ。
成城学園に一の校風を作りたいものである。道理と道徳を重んじ、非理と不徳を悪(にく)み、表裏なく気高くしかも柔和で、学生間に重んぜらるる者は、運動技術の勝れた者や力の強い者でなく、操守堅実な者でありたい。
以上、多く真と善について言った。美は美術や音楽や文学ばかりが美ではない。お互いの生活が美的であらねばならぬ。発する言葉、挙動に品格があらねばならぬ。衣服も住所も清洒(せいしゃ)ならねばならぬ。
今日校長たる私の言ったことで腑に落ちぬすなわち理屈と思えぬことあらば遠慮なく質(ただ)してもらいたい。もし思い誤りがあれば必ず改めるにはばからない。今後言うこと、主事教師の言う所、道理と思えぬことあらば忌憚なく質すがよい。








